うみさんみたいにすごくおもしろい物語を作る人は、どういうふうに作っているんだろう?ってすごく興味がありました。同業種の人に悩みを聞いてもらうみたいなつもりでにじり寄っていったら、誰にもまねできないやり方でやっていて。これは参考にならないなあと(笑)。影響はめっちゃ受けてるんですけど。
――以前、椎名さんが「自転車が倒れない感覚を頼りにべダルを漕ぐ感覚」で描いている、と言っているのを聞いて、自分にはないやり方だと思った、と話されていましたね。(「NEW REEL」2018.12.31)
柳沢そうなんですよ。感覚で作っているんだなと。僕は違うので。
椎名うーん、自分では普通だと思っていたんですけど……。ふわっとしたものの中に、一点だけ「正解」の感覚があって、そこをつかみにいく……そのことを「自転車が倒れない」ようにペダルをこぐ、って言ったんですよね。感覚で作るんだけど、あてずっぽうではなくて。
柳沢今うみさんが言ったのって、「感情」のことでしょう。こういうふうな気持ちにさせたいっていう感情をつかみにいく、という。
椎名ううん、全部。感情も、話の進みも、どういうキャラクターにするかっていうのも全部含めた空気があって、「その時の私が出せる正解はこれ」っていう感覚があるから、それを羅針盤にするっていう意味です。
柳沢すごいな……僕は、全部個別にやるから。こういう画、こういう感情、こういう状況、と個別に作っていくんです。
椎名そうなの!?
伊藤意外です。柳沢さんの作品は、そういう感じには見えないので。
椎名見えないよね。全部が調和しているから。
柳沢それはうれしい(笑)。僕はCM監督だから、CMの場合は個別に作ったほうが効率がいいんですよ。
そうかあ。万理華ちゃんが、私と会った時に「この人と何かやりたいと思った」って言ってくれたけど、それって私の要素を抜き取って、ここが何点だった、ここが何点だった、総合的に何点だったからこの人とやろう!とかではないでしょう?
伊藤ではないですね。
椎名全体の空気に何かがあって、「やりたい」と思ったというか。
伊藤そうです。「何かある」という感覚が、自分の中にありました。
椎名私もその感覚で物語を作っている、っていうことだと思うんだけど……。
柳沢なるほどなあ。僕は、そういう全体の空気を、最後まで強力に保ったままいられないんですよ。今、僕が主に戦っているフィールドは、短い尺の世界だから……長くなってくると、空気がぶわーっと消えていっちゃう。だからうみさんみたいに長い物語を作る人の感じが知りたくて、いつもいろいろ聞いてしまうんだよね。
私は逆に短いものを描くのに向いていないんですよ。短編が苦手で……。
柳沢でも『崖際のワルツ』(椎名うみ短編集)、すごくおもしろかったけど。
伊藤ね、大好きです!
やった! あの後描いた短編が8本あって、全部だめだったんですけど(笑)。でも……『おかえり』は描けたんだよなあ。
――『おかえり』は椎名さんが伊藤さんの展覧会「伊藤万理華EXHIBITION“HOMESICK”」に描き下ろした短編ですね。伊藤さんがその主人公を演じて、柳沢さんが映像を撮る、というお話になっている。 伊藤なぜ『おかえり』は描けたんですか? どういう過程でできたのか気になっていました。
椎名ネームを描いた日、万理華ちゃんの映像を観たり、インタビューを読んだりして、万理華ちゃん漬けになって。それで万理華ちゃんに恋をしたから、わーっと描いたんです……気持ちよかったです!
――「恋をしたから」描けた、というのは、ご存知でしたか? 伊藤はい、聞いていました。やっぱり細かい過程があったんじゃなくて、そのままなんだなってことを今確認したというか。あらためて、よかったとも思って。もしうみさんが私とは合わない、と思ってしまっていたら、描けなかったわけじゃないですか。映像でもなんでも、そういうことってありますよね。
柳沢うんうん。
伊藤あらためて奇跡的だったんだなと思いました。
確かに、おもしろそうだなと思って引き受けても、無責任なことを言うようだけど、やってみないとわからないところがあって……。今回『おかえり』を描いてみて、ちゃんと恋しないとできないんだな、とあらためて思いました。
伊藤なんか、椎名さんと、担当さんの関係もそうですよね。
柳沢「あの担当さんじゃないと描けない」って熱弁してたよ。
椎名……言ってない!
伊藤言ってました(笑)。
椎名マンガを描くことは私の大事な部分だから……信用していない人には預けられないなと思うんです。心を預けられないと、仕事を預けられないのかもしれない。
柳沢よかったですね、預けられる人に出会って。
椎名運がいいんですよ。
柳沢いや、椎名さんの人間力ですよ。
担当編集シンプルに「おもしろいから」ですよね、椎名さんのマンガが。私は世界で一番、おもしろいと思っているので。
伊藤最高だ!
椎名(ガタッと立ち上がる)
柳沢立ちあがった(笑)!
――「心を預けないとできない」というのは、伊藤さんもわかる部分がありますか? 伊藤そうですね。でもアイドル時代の私は、そういうことをしてこなかったんです。うみさんや柳沢さんのようなクリエイターさんと直接話す機会もなかった。もちろん、いくつも仕事をしてきた中で、「これは!」と思うようなこともあったんですが、1つ1つの仕事に対して、例えば監督がどれだけの時間をかけて準備したかを考える時間もなくて……。マネージャーさんに守られているような環境にいたんですよね。
でも今回の個展は、私がやりたいと思って始めたことなので、全責任を負わないといけない。椎名さんや柳沢さんたち、お願いした人たちみんなに「心を全部預けて大丈夫」と思ってもらわないといけないんですよね。そのためには自分の思いを知ってもらう時間が必要だったし、たくさんお話もしたし、クリエイターの方たちの思いを、少しは理解することができるようになってきたのかなと思います。
『おかえり』の企画が始まってからずっと、万理華ちゃんが、自分に出せる誠意を全部出すよ、という感じで接してくれているのがすごく伝わってきたんですよ。こんなに守られていいのかなっていうくらい、守ってもらった。私よりすごく年下だし、最初に会った時は子ウサギのように震えていたから(笑)、「ワイが守ってやらな!」と思っていたのに。ありがとう、やさしくしてくれて。
伊藤いやいやいや……なんか、今回のことが、みんなの記憶に残ってほしいというか。うみさんにとっても、柳沢さんにとっても、やってよかったっていうものになってほしいなって……この企画の最後の最後まで、うみさんに尽くす!と思っています。捧げているんです!
柳沢捧げている……「黒青野くん」じゃなくて「黒うみさん」に。
伊藤はい(笑)。
最初の頃、椎名さんは「村」と「山」の話をしてくれたよね。
――村と山ですか? 担当編集椎名さんが周りの人を、「人間の住んでいる村にいる人」と「人間の住んでいない山に住んでいるモンスター」とに分けて話すことがあって。
椎名柳沢さんはモンスターなんだけど、村との境界線のところに住んでいて、村の子どもが迷い込んで来そうになると「こっちはちょっと違うよー」って言ってあげる。万理華ちゃんは、ヒロイン村に住んでいるモンスターです。
――モンスターで、ヒロインなんですね 椎名モンスターの中にもヒロインっていますよね。万理華ちゃんはやさしいヒロインたちと一緒に暮らしているんです。
伊藤こういうふうに、普通じゃ例えないようなことで自分を例えてくださるのがすごくおもしろいんですよね。
――椎名さんご自身は? 担当編集「人間の言葉がしゃべれない、毛むくじゃらのモンスター」だとよくおっしゃってますよね。
椎名そうです。村に入れてもらいたくて、かわいいワンピースを着て「私はみんなと同じです」って顔をして村に行くんだけど、ワンピースから毛がいっぱいはみ出ているから、よけい笑われるの。人間の言葉をいっぱいしゃべっているつもりなのに、ぜんぜんしゃべれてなくて……私、人に言葉が通じないことが多いんです。「あなたは何を言っているの?」って言われたり、ぜんぜんその場の空気に入れなかったりすることが多い。それが、さみしいんですよ。私は、本当の気持ちで人と強く抱きしめ合うということをすごくしたいのに、それができない。すごいコストをかけて人間になろうとしているのになれないから、最近はムダだなと思って、ワンピースは脱いでるんですけど(笑)。
担当編集でも自分で描いた漫画を村に持っていくと、ちょっと人にわかってくれもらえたり、抱きしめ合うことができたりする、っていう感じなんですよね。
椎名そう! 漫画が言葉になってくれる。
伊藤漫画がツールになっているんですね……。
椎名だから、心と心で抱きしめ合える人に会えたら、私は逃したくないんです。……今、ちゃんとしゃべれてます?
伊藤 柳沢しゃべれてます!
椎名万理華ちゃん、翔さんは、抱きしめ合える人だと思ったから……逃したくないなって思いました。読者の人に対しても、心と心で会いたいなってすごく強く思っているんですよ。
はい。
伊藤むっちゃいいですね……私もそう言えるようになりたいです。この世界に来て8年経つんですが、まだ私は、観た人がどう受け取ったかを気にしてしまうので。最近は、私の周りにはこんなに心強い理解者がたくさんいるんだから!ってだいぶ割り切れるようにはなりましたけど。
柳沢僕は、どんなボールを投げているのかも、どう広まるのかもわからずに投げちゃっているところがあって……うみさんの「こういう思いがあって投げたけど、いかようにでも受け取ってもらっていい」という境地には行けていない。「自分はこうである」という強さを感じて、うらやましいです。
椎名強さというよりは……やっぱり、さみしいんだと思います。さみしいから、他者に出会いたいんですよ。私が投げたボールが、受け取った人の中でその人の形になって、その人の形になったボールが守られて欲しいなと思っていて。ボールがその人の形に変化することは、相手が独立した人格を持つ他者でなければ起こらないことなので。そうなると、私が他者と、その人と出会ったってことになるじゃないですか。ハグできたような気持ちになれる。
伊藤私、今うみさんがおっしゃった「ハグできたような気持ち」っていう言葉がすごく好きで。LINEでやりとりしている時も、「今、万理華ちゃんとハグしているような気持ちです」って言ってくれるんですけど、うみさんと心と心でハグできたんだ!ってすごくうれしくなって。個展を見に来てくれる人とも、そうできたらいいな、って思います。どんな形であれ、何かを受け取ってもらって、それがその人を守れたらいいなって……私がうみさんの漫画に救われたみたいに。「ハグ」っていう言葉、本当によく使うようになりました。
柳沢僕も、撮影現場とかで言うようになった。でも「今ハグできた気がする!」ってカメラマンの人とかに言うと「お、おう……」って引かれちゃうんだけど(笑)。
伊藤(笑)。帯にも、どうしても「ハグ」って入れたかったんです。
はい。個展の準備と並行して、『青野くん』を読んだり、うみさんと会ったりして、より強くそう思いました。否定していた自分のことも、勇気を持ってさらけだしたことで、私は前に進むことができた。それって、自分の嫌いな部分を抱きしめられたってことですよね。すごいな、人って変わるんだなって思いました。
柳沢僕もうみさんと会って、ハッとすることがたくさんあって。自分が模索し続けてきたものを、うみさんの解像度の高いフィルターを通して「これじゃないですか?」ってふっと言われて、「俺の本質はそうなのかもしれない」っていつも思う。すごいことだし、ちょっと怖いなとも思うんだけど。
伊藤うんうん。さっきのモンスターの話もそうですけど、自分のことを、こんなふうに言葉で表現して伝えてくれる方に、本当に今まで出会ったことがないです。もちろん私のことだけじゃなくて、いろんな人が抱えている気持ちを、漫画にしてくださってありがとう、と思います。形にして、残してくれて、ありがとうございます!
柳沢本当だね。ありがとうございます!
椎名そんなふうに言ってくれて……こちらこそ、ありがとうございます!
伊藤万理華氏の展覧会のため、椎名氏が短編漫画『おかえり』を描き下ろし!
この漫画をベースにしたショートムービーが、主演・伊藤氏、監督・柳沢翔氏で制作・公開される。漫画&映像ともに展覧会で見ることができるので、お見逃しなく‼
また、会場にて『おかえり』が収録された冊子(ZINE)も販売される。